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阿波の狸合戦 — 金長狸と六右衛門狸、徳島に伝わる狸たちの大いくさ

狸といえば、人をちょっと化かしては、しっぽを出して見破られる憎めない妖怪。ところが徳島には、その狸たちが二手に分かれ、本気の大いくさをくり広げたという話が伝わっています。それが「阿波の狸合戦」です。のちに講談で語られ、昭和に入ると映画にもなって、全国に知られるようになりました。
四国は「狸の国」
四国は、昔から狸の話がとても多い土地です。弘法大師が四国から狐を追い出したので、四国では狸が幅をきかせるようになった、という言い伝えもあるほど。村ごと、寺ごとに名のある狸がいて、それぞれに親分として慕われたり、恐れられたりしてきました。
なかでも阿波(いまの徳島県)は、狸の話の宝庫といわれます。その阿波で、いちばん有名な狸が、小松島の金長(きんちょう)です。
恩返しから始まる、金長の物語
言い伝えによると、金長は小松島の染物屋の主人に恩を受けた狸でした。恩を忘れなかった金長はその店を守るようになり、店はたいそう繁盛したといわれています。やがて金長は店の者にのりうつって口をきき、自分の身の上を語った――物語は、そんなふしぎな場面から始まります。
金長は、狸として一人前の位を得るために、津田に住む六右衛門(ろくえもん)という古狸のもとへ修行に出ました。六右衛門は阿波の狸たちをたばねる大親分。金長はめきめきと腕を上げ、六右衛門はその才を見こんで、自分の娘の婿にならないかと持ちかけたといわれています。
断った婿入り話が、合戦に
けれども金長は、店への恩を返すことを大事にして、その話を断りました。すると六右衛門は、いずれ自分の地位をおびやかす相手になると考えたのか、金長たちを襲ってしまいます。このとき金長の仲間が命を落とし、金長は仇を討つために兵を集めました。
こうして阿波じゅうの狸たちが、金長方と六右衛門方に分かれて、大合戦が始まったと語られます。激しい戦いのすえ、勝ったのは金長方。六右衛門は討ち取られました。けれども金長も、このときの深い傷がもとで命を落としたといわれています。勝っても、どこか哀しさの残る結末です。
小松島には、いまも金長をまつる神社があり、町のあちこちで狸の姿を見かけます。物語の狸が、土地の誇りとして大切にされているのです。
化けくらべの名人たち
金長のほかにも、日本には名を知られた狸がたくさんいます。伊予(愛媛)の隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)、佐渡(新潟)の団三郎狸、淡路島(兵庫)の芝右衛門狸、そして上州(群馬)の茂林寺に伝わる分福茶釜。どれも、ピクセル妖怪でこれから一体ずつ紹介していく予定です。
狸の腕くらべといえば、狐との「化けくらべ」の昔話も各地にあります。よく知られた筋はこうです。狸が「明日、大名行列に化けて通るから見ていろ」と言い、狐は道ばたで待ちかまえます。やってきた行列を、狸の化けた姿だと思った狐は「見事、見事」と飛び出していきますが、それは本物の大名行列だった――というもの。
化け狸の図鑑ページには、木の葉や腹鼓のことをまとめています。化けくらべの相手、妖狐のページもあわせてどうぞ。小松島の金長狸は、妖怪マップの徳島で見つかります。