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アマビエは一枚の瓦版から — 肥後の海に現れた予言の妖怪

アマビエは、いまでは日本じゅうで知られる妖怪ですが、江戸時代のアマビエの記録は、知られているかぎりたった一枚の瓦版しかないといわれています。何百年も語りつがれてきた鬼や河童とはちがい、アマビエは一枚の紙から生まれ、一度は忘れられ、そして近年になって大きく広まった、少しめずらしい妖怪なのです。
弘化三年、肥後の海から
その瓦版によると、時は弘化三年(1846年)。肥後国(いまの熊本県)の海に、毎晩光るものが出るといううわさが立ちました。土地の役人が見に行くと、海の中から姿をあらわしたものがあり、自分は「アマビエ」だと名乗った、と書かれています。
アマビエは、これからしばらくは豊作が続くと告げ、もし病がはやったら自分の姿を写して人々に見せなさい、と言い残して海へ帰っていったといいます。瓦版には、長い髪、くちばしのような口、うろこにおおわれた体、三本の足をもつ姿が、素朴な線で描かれています。
この瓦版は、いまは京都大学附属図書館に所蔵されています。
瓦版という江戸のメディア
瓦版は、江戸時代に町で売られた一枚刷りの読み物です。火事や地震、仇討ちといった事件のほか、めずらしい生き物があらわれたといううわさも、よく題材になりました。
アマビエの言葉には、ちょっとおもしろい仕掛けがあります。「わたしの姿を見せよ」という言葉は、そのまま「この絵を手に入れて人に見せよう」という気持ちにつながります。そのため、こうした刷り物は、人々の不安や願いにこたえると同時に、刷った絵が求められるようにする工夫でもあったのではないか、という見方もあります。
アマビコと「予言獣」のなかま
江戸時代の終わりごろには、アマビエのように、あらわれて先のことを告げ、自分の絵姿を広めるよう言い残す生き物の話が、いくつも出回りました。いまの研究では、こうした生き物をまとめて「予言獣」と呼んでいます。
なかでも、アマビエとよく似た名前の「アマビコ」は、アマビエよりも多くの資料が残っているといわれます。そのため、「アマビエ」はもともと「アマビコ」で、書き写すうちに名前が変わったのではないか、という説もあります。アマビコについては、またあらためて紹介する予定です。
2020年、ふたたび広まったアマビエ
長いあいだ、アマビエは一部の妖怪好きのあいだで知られる存在でした。ところが2020年ごろ、新しい感染症が世界に広がるなかで、アマビエの絵がSNSを通じて一気に広まります。たくさんの人が自分なりのアマビエを描いて分かち合い、お菓子や雑貨にもその姿があらわれました。
もちろん、アマビエの絵に病気を防ぐ効き目があるわけではありません。それでも、不安な時期に「早くおさまりますように」という願いをこめて、同じ絵を描いて見せ合う。そのふるまいは、江戸の人々が瓦版を手にした気持ちと、どこか重なって見えます。
アマビエのくわしい姿は図鑑のアマビエのページで。肥後の海は、妖怪マップの熊本に記しています。