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雪女と小泉八雲『怪談』— 約束の物語として読む

雪女の話でいちばんこわいのは、吹雪でも、白い息でもありません。「誰にも話してはいけない」という約束です。小泉八雲の『怪談』に収められた「雪女」は、命が助かった瞬間から、ひとつの約束を胸にしまって生きていく男の物語。そう読むと、この話はぐっと切なく見えてきます。
八雲が書きとめた雪の夜
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、ギリシャ生まれで、のちに日本に暮らし、日本の伝説や怪談を英語で書き残した作家です。1904年に出た『怪談(Kwaidan)』には、「耳なし芳一」や「むじな」など、いまもよく知られる話が並んでいます。
「雪女」もそのひとつです。八雲は前書きで、この話は武蔵の国の農夫から聞いたものだと記しています。雪国の伝説として語られることの多い雪女ですが、いちばん有名な一篇は、八雲が聞き取った話をもとに書かれたものなのです。
見逃された命と、ひとつの条件
あらすじを短く紹介します。
木こりの老人と若者が、吹雪で川を渡れなくなり、渡し守の小屋で夜を明かすことになります。夜中、白い着物の女があらわれ、老人に息を吹きかけると、老人は凍りついてしまいます。女は若者にも顔を近づけますが、ふと手を止め、「おまえは若くてきれいだから助けてあげる。でも今夜のことを誰かに話したら、命はない」と言い残して消えていきます。
ここで大事なのは、雪女が若者をただ見逃したわけではないことです。命と引きかえに、沈黙という約束を渡しています。若者はその日から、誰にも言えない夜をひとつ抱えて暮らすことになります。
約束は、いちばん近い人の前で破られる
やがて若者は、旅の途中のお雪という娘と出会い、夫婦になります。子どもにも恵まれ、穏やかな年月が流れます。ふしぎなことに、お雪はいつまでも若く、年をとらないように見えた、と物語は語ります。
ある夜、灯りのもとで縫い物をする妻の横顔を見て、男はつい、あの吹雪の晩に見た白い女の話をしてしまいます。すると妻は、自分こそがその女だと明かします。
約束が破られたのは、見知らぬ誰かの前ではなく、いちばん心を許した相手の前でした。秘密を抱えて生きるつらさと、大切な人だからこそ話してしまう気持ち。この話のこわさは、そこにあるのかもしれません。
それでも残った情け
約束を破った男は、命を取られてもおかしくありません。けれど雪女は、子どもたちのことを思って男を見逃し、「子どもを大切にしなければ許さない」というような言葉を残して、白い霧のように消えていきます。
雪女は、約束を守らせる側でありながら、最後にはその約束をそっと手放したともいえます。こわい妖怪の話でありながら、別れの話としても読めるのは、このためでしょう。
八雲の『怪談』には、顔のない妖怪が出てくる「むじな」も入っています。図鑑の雪女やのっぺらぼうと見くらべながら、冬の夜に読み返してみてはいかがでしょう。