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なぜ「枕」なのか — 枕返しと、眠りと夢の境目

枕返しがいたずらするのは、ふとんでも着物でもなく、枕です。寝ている人をくすぐるのでも、ふとんをはがすのでもない。わざわざ枕を返していく。そこには、昔の人が枕に感じていた、ちょっと特別な気持ちが関係しているといわれます。今回は「なぜ枕なのか」という一点から、枕返しという妖怪をのぞいてみます。
枕は、ただの寝具ではなかった
いまの私たちにとって、枕は眠りやすくするための道具です。けれど昔の人にとって、枕はもう少し意味の重いものだったと考えられています。
眠っているあいだ、人の魂は体から少し離れて、夢の世界をさまよう。そんな考え方が、昔からあったといわれます。そして、その魂が出入りするところ、あるいは宿るところが枕だった、という見方があります。「まくら」という言葉は「たまくら(魂の倉)」からきている、という説が語られることもあります。たしかな語源かどうかはわかりませんが、枕と魂を結びつけて考えた人が多かったことは、うかがえます。
枕を踏んだりまたいだりしてはいけない、と言われて育った人もいるかもしれません。枕を大事にする気持ちは、いまも暮らしのどこかに残っています。
夢の入り口としての枕
枕と夢のつながりは、言葉にもよく表れています。たとえば「夢枕に立つ」。亡くなった人や神仏が夢の中に現れて、何かを伝えることをいう言い方です。夢と現実の境目にあるのが、ちょうど枕のあたり、というわけです。
お正月の初夢にまつわる習わしもあります。七福神をのせた宝船の絵を枕の下に敷いて眠ると、よい初夢が見られる、というものです。枕の下に置いたものが夢にとどく。昔の人は、枕を夢への入り口のように考えていたのかもしれません。
そう考えると、枕返しのいたずらは、ただ枕の位置がずれるだけの話ではなくなります。眠っている人の、魂の通り道や夢の入り口を、こっそりいじられてしまう。そう思うと、少し落ちつかない気持ちになりますね。
頭の向きが変わるということ
枕返しには、寝ている人の頭と足の向きを逆にしてしまう、という話もあります。ここで思い出したいのが、頭を向ける方角についての習わしです。
日本では、亡くなった人を北枕に寝かせる習わしが知られています。そのため、ふだん眠るときには北枕を避ける、という人もいます。枕の向きは、生きている人の眠りと、亡くなった人の眠りとを分けるしるしでもあったのです。
目が覚めたら頭の向きが変わっていた。それは昔の人にとって、ちょっとしたいたずら以上に、どきりとする出来事だったのかもしれません。枕返しの話に、その部屋で亡くなった人の霊のしわざだという、こわい形のものが伝わる土地があるのも、こうした感じ方とどこかでつながっているように思えます。
座敷童子と枕返し
もっとも、枕返しの話はこわいものばかりではありません。東北地方では、枕を返すのは座敷童子のしわざだ、と語られることもあります。家を栄えさせるといわれる子どもの姿の神さまが、夜中にちょっとしたいたずらをしていく。そう考えると、朝の枕の乱れも、なんだかほほえましく見えてきます。
枕返しのくわしい言い伝えは図鑑の枕返しのページに、座敷童子については図鑑の座敷童子のページにまとめています。座敷童子と『遠野物語』の話は、こちらの記事でも紹介しています。
朝起きて、枕がいつもとちがう場所にあったら。寝相のせいにする前に、ほんの少しだけ、夜のあいだのお客さんを想像してみてください。