STORIES
提灯お化けとお岩さん — 北斎の絵と『四谷怪談』の提灯

提灯お化けがこわいのは、夜を照らしてくれるはずの灯りが、とつぜん「顔」になるからです。江戸の人たちもこの怖さをよく知っていたようで、浮世絵や芝居には、提灯から顔がのぞく場面が登場します。灯りと怪談の結びつきをたどってみましょう。
提灯は、夜道に欠かせない相棒だった
提灯は、細い竹の骨組みに和紙を張り、中にろうそくを立てて火をともす灯りです。使わないときは、蛇腹のようにたたんでしまっておけます。手に下げて持ち歩くもの、軒先につるしておくものなど、使いみちに合わせていろいろな形の提灯がありました。
電灯のなかった時代、夜道を歩くには提灯が欠かせませんでした。紙ごしにやわらかく光る灯りは、暗い夜の頼もしい相棒です。ただ、和紙は破れやすいもの。古くなって紙が裂ければ、その裂け目は横に長い「口」のように見えてきます。中で揺れるろうそくの火が、その口の奥をちらちらと照らしたら……。提灯お化けの姿は、そんな想像から生まれたのかもしれません。
北斎が描いた「お岩さん」
提灯と怪談の結びつきを語るとき、よく取り上げられるのが葛飾北斎の絵です。北斎には、怪談を題材にした「百物語」という錦絵の連作があり、その中の一枚「お岩さん」では、破れた提灯がそのままお岩の顔になっています。
提灯の丸みや裂けた紙が、そのまま顔のように見えるよう描かれていて、道具と幽霊がひとつに溶けあったような一枚です。灯りの中に人の顔が浮かぶ、というこわさを、北斎は提灯ひとつで描いてみせました。
『東海道四谷怪談』と提灯の仕掛け
お岩は、鶴屋南北の歌舞伎『東海道四谷怪談』に登場する女性です。ひどい裏切りにあって命を落とし、幽霊となって恨みを晴らしにあらわれる――日本の怪談の中でも、とりわけよく知られた物語です。
この芝居では、お岩の幽霊が提灯の中から抜け出してくる「提灯抜け」という仕掛けが知られています。ぼんやり光る提灯から、ぬっと幽霊があらわれる演出は、客席をおおいにこわがらせたといわれています。
お岩さんはあくまで幽霊で、提灯お化けそのものではありません。それでも、北斎の絵や芝居の提灯を通して、「提灯に顔があらわれる」というイメージは、多くの人の心に焼きついていったのでしょう。
夜道の相棒が、ふと笑うとき
提灯お化けは、唐傘お化けと並んで、道具が化けた妖怪の代表としてよく描かれます。長く使われた道具に魂が宿るという考え方の中でも、提灯はとりわけ「こわさ」が似合う道具かもしれません。いつもは足もとを照らして守ってくれる灯りだからこそ、その灯りに見つめられたときの驚きは大きいのです。
しかも提灯は、中に火が入ると紙全体がぼうっと光ります。目や口が外からではなく内側から照らされるので、ほかの道具のお化けよりも、どこか生きているように見えるのかもしれません。
図鑑の提灯お化けのページでは、破れ目から舌を出したドット絵の提灯お化けに会えます。夏祭りの夜に提灯の明かりを見かけたら、紙の破れ目がこちらを見ていないか、そっとのぞいてみてください。