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妖怪の「姿」を決めた江戸の絵師・鳥山石燕と『画図百鬼夜行』

かまいたち、雪女、ろくろ首。妖怪の名前を聞くと、なんとなく「あの姿」が浮かびますよね。じつはその姿の多くは、江戸時代のひとりの絵師が描いた妖怪の画集から広まったものです。その絵師の名は、鳥山石燕(とりやま せきえん)。
妖怪を「図鑑」にした絵師
鳥山石燕は江戸時代中期の絵師で、狩野派に学んだといわれています。彼の名を後世に残したのが、1776年(安永5年)に刊行された妖怪画集『画図百鬼夜行(がずひゃっきやぎょう)』です。
それまで妖怪は、絵巻の中で行列をなして描かれることが多い存在でした。石燕はそれを一体ずつ切り出し、名前を添えて並べていきます。ページをめくるごとに妖怪がひとり登場する――いまの妖怪図鑑の原型ともいえる形です。
『画図百鬼夜行』は好評を受けて続編が作られ、『今昔画図続百鬼』『今昔百鬼拾遺』『百器徒然袋』と、シリーズは全4作になりました。
図鑑に収録されている妖怪たち
ピクセル妖怪の図鑑に登場する妖怪にも、石燕の本に描かれた顔ぶれがいます。
そしてシリーズ3作目『今昔百鬼拾遺』に描かれたのが、全身毛むくじゃらの毛羽毛現です。言い伝えがほとんど残っていないこの妖怪は、石燕が絵と短い文で紹介したことで、その名と姿が知られるようになりました。
言い伝えと「創作」のあいだ
石燕の本には、古くから語られてきた妖怪だけでなく、言葉遊びや風刺から生まれたと考えられる妖怪もまじっています。どこまでが昔からの言い伝えで、どこからが石燕の工夫なのか。その境目がはっきりしないところも、石燕の妖怪画の面白さです。
ちなみに、骸骨の巨人がしゃどくろは石燕の本には登場しません。こちらは昭和に入ってから広まった、ずっと新しい妖怪です。
弟子は、あの喜多川歌麿
石燕は弟子を育てた絵師としても知られ、そのひとりが美人画で名高い喜多川歌麿です。妖怪の画集を作った絵師のもとから、江戸を代表する浮世絵師が育ったというのも、なんだか不思議な縁ですね。
妖怪を「一体ずつ、名前と姿で紹介する」。250年前に石燕が始めたその方法は、ドット絵で妖怪を描くピクセル妖怪にも、ゆるやかにつながっています。