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輪入道と「此所勝母の里」— 一枚の紙で追いはらえる妖怪

輪入道鳥山石燕火の妖怪

輪入道

輪入道は、見た者の魂を抜くといわれる、なかなか物騒な妖怪です。ところが、追いはらう方法はとても簡単。「此所勝母の里(ここは勝母の里)」と紙に書いて貼っておけばよい――。江戸時代の絵師・鳥山石燕は、輪入道の絵にそんな言葉を添えています。燃えさかる車輪が、たった一枚の紙にかなわない。その理由をたどると、江戸の人々が楽しんでいた、ちょっとした教養の遊びが見えてきます。

石燕が描いた、燃える車輪

輪入道の姿をいまに伝えているのは、石燕の妖怪画集『今昔画図続百鬼』です。炎に包まれた牛車の車輪、その真ん中の、車軸が通るところに、坊主頭の男の大きな顔。石燕は、この顔が人の魂をとる、と書き添えています。

石燕は、昔からの言い伝えや物語をもとに、たくさんの妖怪を絵にした人です。彼の絵には、ただ姿を描くだけでなく、短い説明や言葉遊びが添えられていることがよくあります。石燕がどんな絵師だったのかは、鳥山石燕の記事でくわしく紹介しています。

「勝母の里」とはどこのこと?

「勝母」は、文字どおりに読めば「母に勝つ」。じつはこれ、中国の古い話をふまえた言葉だと考えられています。

親孝行で知られた孔子の弟子・曾子は、「勝母」という名前の村があると聞くと、その村には足を踏み入れなかった、という話が伝わっています。母に勝つ、という名前そのものが、親を大切にする心にそむいていると考えたからだといわれます。

これを輪入道にあてはめると、「ここは勝母の里。立派な人なら入らない土地ですよ」と知らせる札、ということになります。妖怪のほうも、そんな名の里には近寄らない、というわけです。中国の故事を知っている人なら、思わずにやりとする仕掛けだったのかもしれません。おそろしい火の車を、学問の知識でひょいとかわす。そんなところにも、江戸の妖怪画らしい遊び心がのぞいています。

「見てはいけない」妖怪

輪入道のこわさは、見ることそのものにあります。姿を見た者は魂を抜かれる、といわれているのです。

昔の夜は、外で何か物音がしても、戸を閉めて家の中で過ごすのが当たり前でした。火の車がごろごろと通りを転がっていく音がしても、のぞいてはいけない。見なければ、何も起こらない。輪入道の話には、夜の外の世界と家の中との境目を守る、という感覚が込められているようにも読めます。紙を貼るのも、その境目を確かにするためのしぐさだったのかもしれません。

よく似た「片輪車」とのちがい

炎の車の妖怪には、もうひとつ「片輪車」がいます。名前も姿も似ているので混同されやすいのですが、別の妖怪です。

  • 輪入道:燃える車輪の真ん中に、坊主頭の男の顔。見た者の魂を抜くといわれる
  • 片輪車:炎に包まれた片輪の車に、女が乗っている姿で語られることが多い。近江(いまの滋賀県)の話がよく知られています

片輪車の話では、家の中からこっそりのぞき見をした人に災いがふりかかる、という筋がよく語られます。ここでも「見てはいけない」がかぎになっていて、二つの火の車はどこか響き合っています。

輪入道のドット絵と言い伝えは、図鑑の輪入道のページにまとめています。夜の通りからごろごろという音が聞こえても、のぞかずに、そっとやり過ごしてくださいね。