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すねこすり — 雨の夜、足もとをかすめるもの

すねこすり夜道の妖怪岡山

すねこすり

すねこすりは、ふしぎな妖怪です。人を食べるわけでも、道に迷わせるわけでもありません。雨の夜、歩いている人の足もとにすり寄ってきて、すねのあいだをこすって通る。伝わっている話の中心は、ほとんどそれだけです。それでもちゃんと名前をもらい、岡山県の妖怪として語られてきました。「ほとんど何もしない」妖怪が、どうして忘れられなかったのか。そこには、夜道を歩いた昔の人の、足もとの感覚が残っているように思えます。

姿よりも先に「感触」がある

多くの妖怪は、まず姿で語られます。角がある、目がひとつ、首が伸びる。ところが、すねこすりの話でいちばん大事なのは、見た目ではなく、足に何かが触れたという感触です。

名前を見ても、それはよくわかります。「すね」を「こする」。何者なのかではなく、何をされたのかが、そのまま名前になっています。犬のような姿だといわれるのも、足にすり寄ってくるものといえば犬、という連想と重なっているのかもしれません。

妖怪の名前には、こうした「されたこと」「感じたこと」をそのまま呼び名にしたものがたくさんあります。森の陰で砂をかけられるから砂かけ婆、という具合です。正体がわからないからこそ、体で感じたことを名前にするしかなかったのでしょう。

雨の夜という舞台

すねこすりが出るのは、雨の夜だといわれています。これも、よくできた舞台です。

雨の夜は月明かりもなく、足もとはほとんど見えません。傘をさしていれば、視線はなおさら下に向きにくくなります。ぬれた着物のすそが足にはりつき、水たまりをよけながら、一歩ずつ確かめるように歩く。そんなとき、ふくらはぎのあたりを、何かやわらかいものがすっとかすめていく。見えないぶん、ほんの小さな感触でも、ぞくっと背中まで伝わってきそうです。

ただの風か、ぬれた草か、それとも本当に何かがいたのか。確かめようのないあいまいさを、昔の人は「すねこすり」という名前で受けとめたのかもしれません。

夜道の妖怪たちと並べてみる

日本には、夜道で人を困らせる妖怪がほかにもいます。並べてみると、すねこすりの性格が見えてきます。

  • ぬりかべ:福岡に伝わる、夜道で急に前へ進めなくなる見えない壁
  • べとべとさん:奈良県に伝わる、夜道で後ろから足音だけがついてくる妖怪。道のわきに寄って「お先にどうぞ」と声をかけると、足音がやむといわれます
  • 送り犬:山道で人の後をついてくる犬の妖怪。転ぶと襲いかかってくるといわれ、各地に話が残っています

前をふさぐもの、後ろからついてくるもの、そして足もとにまとわりつくもの。どれも姿ははっきりしないまま、歩く人の体の感覚にうったえてきます。暗い道は、それだけで想像をふくらませる場所だったのでしょう。その中でも、すねこすりはいちばん小さく、いちばん人なつこい存在に見えます。

こわくない妖怪が残ったわけ

すねこすりに出会っても、せいぜい歩きにくくなるくらい。だからこそ、話して聞かせるのにちょうどよかったのかもしれません。雨の夜道で「なんだか足に何かさわった」と言えば、「それはすねこすりだ」と返す。名前があるだけで、得体の知れない感触が、少しだけ笑える話に変わります。

図鑑のすねこすりのページでは、ドット絵で人の足のあいだをくぐる姿を描いています。雨の夜に足もとがくすぐったくなったら、すねこすりが通っていったと思って、そのままゆっくり歩きつづけてみてください。