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切られた腕を取り返しに — 渡辺綱と茨木童子

茨木童子渡辺綱一条戻橋鬼

茨木童子

茨木童子のいちばん有名な話は、鬼を倒す話ではありません。切り落とされた自分の腕を、鬼が取り返しに来る話です。しかも力ずくではなく、相手のいちばん断りにくい人に化けて。こわいのに、どこか人の情のすきまをつく、ふしぎな物語です。

夜の橋で出会った女

舞台は京の都、堀川にかかる一条戻橋(いちじょうもどりばし)。源頼光の四天王のひとり、渡辺綱(わたなべのつな)が、夜ふけにこの橋を通りかかったときのことだと語られます。

橋のたもとには、ひとりの美しい女が立っていました。夜道がこわいので送ってほしい、と頼まれた綱は、女を馬に乗せて歩きだします。ところが、しばらくすると女の姿がみるみる変わり、恐ろしい鬼の正体をあらわしました。鬼は綱の髪をつかみ、そのまま空へ舞いあがろうとします。

綱は少しもあわてず、腰の太刀を抜いて、髪をつかむ鬼の腕を切り落としました。鬼は叫び声をあげて逃げていき、あとには、太い毛におおわれた腕だけが残された、といわれています。この鬼こそが茨木童子だった、とされています。

腕をしまって、家にこもる

綱は鬼の腕を持ち帰り、箱に納めて大切にしまっておきました。鬼は必ず腕を取り返しに来る。そう考えた綱は、占いのすすめにしたがって、家の門を閉ざし、人に会わずに身をつつしむ「物忌み(ものいみ)」をすることになった、と語られます。

物忌みのあいだは、だれが訪ねてきても門を開けてはいけません。鬼のほうも、それをよく知っていました。正面から攻めても、門は開かない。そこで鬼は、綱がいちばん門を開けたくなる相手を選んだのです。

おばの姿で、門をたたく

ある日、綱の家の門をたたいたのは、遠くに住む綱のおばでした。綱を育ててくれた人として語られることもあります。はるばる会いに来たのだから、どうか中へ入れておくれ、と頼まれて、綱はとうとう断りきれず、門を開けてしまいます。

久しぶりの再会を喜ぶおばは、やがて、鬼の腕というものをひと目見てみたい、と言いだします。物忌みの最中だからと渋る綱も、育ての恩を思うと強くは断れません。箱のふたを開けて腕を見せた、その瞬間。おばはたちまち鬼の姿にもどって腕をつかみ、屋根を突き破って空のかなたへ飛び去った、と語られます。

この話は、歌舞伎の舞踊劇『茨木』の筋として広く知られています。見どころは、腕を見せてほしいとせがむおばと、断りたいのに断れない綱のやりとり。鬼が使ったのは怪力ではなく、人の情でした。

戻橋か、羅生門か

腕を切られた場所は、一条戻橋ではなく羅生門(らしょうもん)だ、とする話もあります。能の『羅生門』では、仲間たちとの酒宴の席で、羅生門に鬼が出るといううわさが話題になり、綱がそれを確かめに出かけていきます。そして門のところで鬼と組みあい、腕を切り落とすのです。羅生門の鬼と茨木童子は、同じ鬼だとされることが多いようです。

一条戻橋は、陰陽師・安倍晴明が式神を橋の下にひそませていた、という言い伝えでも知られる橋です。都の内と外、この世とあの世のさかいのように語られてきた場所だからこそ、鬼が人の姿で待っている舞台にふさわしかったのかもしれません。

大江山で生きのびた茨木童子のことは図鑑の茨木童子のページへ。頭領の酒呑童子については図鑑の酒呑童子のページと、よみもの源頼光の大江山鬼退治にまとめています。